やさしいタッチの情景が、見る人の記憶を掻き立てる。『かばん屋の相続』表紙イラストレーション|装画=木内達朗

かばん屋の相続

◆出版=文春文庫
◆著=池井戸潤
◆装画=木内達朗
◆装丁=野中深雪

 

『かばん屋の相続』表紙イラストレーションの感想

 

木内達朗さんの絵は、どうしても目を留めてしまいます。

目を留めてしまったそのあと、「あっこれたぶん木内達朗さんの絵だ」と認識する。

どうしてもたしかめたくなって、カバーをめくったりなんだりして、「木内達朗」の文字を見つけて、なんだか安心するのです。

木内さんの絵は王道を攻めるものでありながら、見分けるのはそう難しくありません。

木内達朗さんが多用するのは、チョークのブラシを用いたざらっとしたテクスチャがポイントとなる箇所に塗る方法です。

このやり方を木内達朗さんが多用するのには理由があると思います。ぼくがこの技法から感じ取る印象は、「あたたかさ」「やわらかさ」です。そしてそれが何から生み出されているかと言えば、チョークのざらつき、目を凝らせば見える点のような塗りの散らばりの「不確実さ」だと思います。

古いデジタルの技法が、あまりにキレイでありすぎるがゆえに冷たさを持っていたのに対し、昨今のデジタル技法はアナログのつよみであった「人感」を再現できているように思えます。

アナログのつよみは、随所に現れる人の手ならではのゆらぎに端を発していたわけです。

デジタルで手動ならではのゆらぎを再現するにはいくつか方法があると思いますが、木内達朗さんはチョークのざらつきでもってそれを行っています。

もちろんそれだけではなく、たとえば完全な直線を用いていないところとか、影の塗り方にランダムな揺れを入れるとか、そういう細かい細かい描画の積み重ねがあるはずです。なかには、見るものに気づかせないような細かい工夫も。

そんなふうにしてできあがった木内達朗さんのイラストレーションは、人のあたたかみにあふれています。たとえば『かばん屋の相続』の表紙には人間は一切描かれていませんが、絵をじっと見ていると、電車を運転する何か、土手の見えない場所をあるく何か、そんな人間の気配がにおうような気がしてきます。

 

ぼくはこの絵は中央線だろうと思います。

東京の真ん中を東西に貫くオレンジ色の電車。それが市ヶ谷から水道橋にかけて走るあたり――。

厳密に言えば景色は違うでしょうし、真実はどうでもよいことです。この絵が、見る人に各人の記憶とつい結び付けたくなる「人感」あふれるイラストレーションであり、それは一朝一夕には真似できないと、

そういうことが言いたかったのであります!

 

 

 

 

 

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