雄大な風景の移ろいが、情感たっぷりに連続絵で描かれる。絵本『忘れてゆく樹とカブトムシ』絵=しらこ

忘れてゆく樹とカブトムシ

◆出版=株式会社harunosora
◆絵=しらこ
◆作=尾崎純郎

『忘れてゆく樹とカブトムシ』絵と本の感想

しらこさんの絵は――
見ると胸がきゅっと締め付けられる。そんな気がします。

まるで思春期に好きなひとを想うような。
上手く説明できないけれど、私には強くそう感じられてしまうのです。

唐突にそんな語りからレビューが始まってしまいました。

しらこさんは、装画を中心に活躍するイラストレーター。
当サイトで装画レビューした『銀色の青』が2018年10月発売の書籍。
それからたった2弱年の間に、装画を中心に20以上のイラストレーションワークを世に送り出しました。

「現在、もっとも活躍する若手イラストレーター」そう名付けて差し支えないでしょう。

そんなしらこさんが絵を担当した絵本作品が「忘れてゆく樹とカブトムシ」。

レビュー冒頭でつい語ってしま、しらこさんの人の心をぐいと持っていく絵の力は、ページを開いてすぐに体感できます。

P.3-4の、湖のほとりに力強く優しくそびえる樹。

樹を主役としながら、奥行きのある空・雲・山が悠然と描かれます。
空の置くのほうにある雲の重なり。
遠景にかすむ山脈。
心に棲んでいるなつかしさを喚起するような、雄大な自然の絵です。

一枚絵に見とれながらページをめくると、同じ情景の今度は「夜」。
星が散らばって、シュッと細い流れ星の落ちる美しい夜空。

同様に、ページの先には全く同じ構図で「四季」「時の移ろい」が表現された連続絵が登場します。

装画を中心に「一枚絵」で活躍することの多いしらこさんですが、この絵本ではページをめくるごとの「連なっていく絵」が非常に魅力的。
単体で美しい絵が連続していくことで、心にかかる電圧がこんなにも大きくなるのかと体感できます。

今回、この絵本をレビューしようと思った動機がここにあります。

同じ舞台装置を、表情豊かに描き分ける。
装画とは違うしらこさんの絵の魅力が、絵本というインターフェースではっきりと立ち上がっています。

この本は、「老い」そして「認知症」をテーマとした作品。
樹の老いそのものは、繁る葉の数が減っていくことで表現されるのですが、特筆すべきは樹の感情が「季節の移ろい」「風景の色彩」で表されていることです。

先述した時の移ろいを表現したグルービーな連続絵。7つある連続絵のすべてが、異なる色彩で樹の感情の変化を巧みに表しています。

まったく同じ構図で、色彩の違いだけで、7つの情感を表す!
若手なのに老獪なその技量に、圧倒される連続の見開きです。

そして、7つの連続絵の最後の1枚にたどり着いたとき、見るひとは、情景の美しさに文字通り心を奪われるでしょう。

装画では味わえないスペクタクルが、この絵本にはあります。
(ちょっと大げさかな・・・でも本当にそうなんです。)

・・・

冒頭で、しらこさんの絵は思春期の恋に似た感情をもたらす、と書きました。
思春期の恋の切なさが憧れから来るもので、届かないがゆえのほろ苦さだとしたら。
しらこさんの絵を見たときの胸を衝く名づけがたい感情も、同じ由来のものかもしれないと思います。

 

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