戦車とジジイが躍動する!『SAND LAND』鳥山明(マンガ/感想)

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2004年3月1日亡くなってしまったマンガ家鳥山明氏の短編連載マンガ「SAND LAND」をご紹介します。
SAND LANDは週刊少年ジャンプに2000年23号~36・37号まで連載された作品で、2023年には映画化もされました。
長期連載のDr.スランプやDRAGON BALLがあまりにも大ヒット・大人気のためあまり注目されて来なかった本作ですが、2023年の映画化、そして2024年のゲーム化を機にもっと世に広まってほしいなと、鳥山短編ファンのぼくとしては感じます。

『SAND LAND』あらすじ

幻の泉をみつけだせ‼ 魔物も人間も慢性の水不足にあえぐ砂漠世界で、悪魔の王子・ベルゼブブと元天才軍人・シバが居力タッグを組み、水源を求めて冒険に旅立った‼ 灼熱の荒野で彼らを待ち受けるのは⁉

「SAND LAND」裏表紙より抜粋

鳥山明先生はDRAGON BALL連載終了後に、1~10数話の短い作品をジャンプに数回載せています。
SAND LANDはそのうちの一つ。
ぼくとしては短編作の中でもっともクオリティが高いのが本作だと思っています。
「みんなが求めるエンタメ」と「鳥山明先生が描きたいもの」のバランスがとってもよいのです!

王道のエンタメ!わかりやすく共感しやすいストーリー・舞台・主人公

SAND LANDはよい意味で捻っていないストレートなストーリー。
わかりやすい悪者がいて、みんなが知らなかった過去が暴かれていく……。
暴かれた過去には、正義側として登場している主要人物「ラオ」の関わりもあり、読者は「真実への関心」を寄せることとなります。

悪者への敵対心と、真実への関心。読者はこれらを登場人物たちと共有しながら読み進めることができます。
「王道すぎて最近見かけなくなってしまったハラハラドキドキ」を体験させてくれる作品なんです。

舞台は、人間が世界を荒廃させてしまい最後に残った砂漠。
よくある終末戦争のあとのような設定なのだけど、悲壮感はほとんどありません。
そこで活躍する主人公は、悪魔の王子ベルゼブブ。
このキャラ造形が実に秀逸なんです。かわいくてかっこいい!
頭に生えたツノとちょっと癖っ毛風でツンツンした髪型。
THE少年マンガの主人公!という出で立ちです。

SAND LAND ベルゼブブ
画像引用:『SAND LAND』鳥山明

そして、ベルゼブブは「シンプルに強くて」「悪魔のくせに優しいところがあり」「ゲームがスキというお茶目さもある」という、少年が「友だちになりたい!」と思う要素全部乗せなんですよね。
これらの要素をさくっと伝えるエピソードがひとつひとつ第一話に盛り込まれているあたり、さすが鳥山明先生です。
(余談ですが、ベルゼブブが「ドラクエ13」に色めくシーンには、鳥山明先生亡き今となってはすこし切なくなったりします。)

これが、「読者の求めるエンタメの部分」です。

裏の主人公・ラオ

そんなエンタメの衣をまとって、「ああきっと鳥山先生はこれが描きたかったんだろうなあ」と思うもののひとつが、裏主人公・ラオです。鳥山先生はたぶん、「かっこいいジジイ」が描きたかったんじゃないかな。

表の主人公・ベルゼブブは見た目にわかりやすいアクションで物語の最初と最後にしっかり活躍するんだけど、実は物語の中盤ではベルゼブブはサポート役で活躍の中心はラオとなります。
(でも、主人公がサブに見えてしまわないように随所にアクション的・人間的(悪魔だけど)見せ場をつくっていて、それもやっぱりさすが……)
で、超かっこいいジジイたるラオがどんなふうに活躍するのかというと、「スキルと智略」なんです。

一介の保安官ラオが、戦車を自在に操る!

まずスキルの部分では、いち保安官であるラオはなぜかめちゃめちゃ戦車の扱いが上手いのです。
移動の操作ももちろんですが、もっともかっこいいのは戦車の武器を扱うシーンです。

  • 戦車の機関銃を敵兵の足元にタタタと撃って「次は当てるぞ!」
  • 自戦車を移動させながら、敵戦車の機動力(キャタピラ回り)を的確に砲弾で撃つ

く~!かっこいい!
敵兵は何度も、物理的にはもちろん精神的にもラオの戦車スキルに圧倒されます。
(その反応からは、敵の部隊内にもこれほど上手く戦車を扱える人間はいないことを感じさせます。)

戦車アクションが中盤の見せ場であり、その中心が戦車の扱いに長けたラオというわけです。
(一介の保安官に過ぎないラオがなぜこれほど戦車をうまく扱えるのかについても、物語でちゃんと説明されます。)

ラオの戦いは知的

ラオが披露するのは、戦車のアクション的なかっこよさだけではないんです。
本当の魅力は、相手を知的に攻略するということ。

たとえば戦車を奪うシーンでは、ヘアスプレーに穴を開けて毒ガスを装って戦車の中に投げ込み、中にいた敵兵を追い出す。
中ボスである敵兵長部隊との戦車線では、いかにも狙われやすい高台に行ったかと思えばそこは太陽を背にした逆光で、自分たちだけに有利なポジションで敵を狙い撃つ。
など…

もちろんマンガ的都合のよさは多少はあるものの、読んでいて「頭いいなー!」とこぼしてしまう戦い方をするのです。
これがほんとにかっこいい。
少ない戦力で敵を倒すジャイアントキリング的爽快感があります。
SAND LANDがいちばん面白いのは、終盤のラスポス戦よりむしろ中盤の戦車戦だとぼくは思っています。

映画では割愛された、ラオのカリスマ性を表すシーン

スキルと知性について語りましたが、ラオは人間性にもすぐれた人格者です。
ベルゼブブの父親であるサタンに「あの人間は信用できそうだ」と言わしめるなど、序盤からも示されるのですが、個人的なお気に入りは、制圧した敵兵に対してラオが敬礼するシーンです。
敵の戦車の足元を撃って機動力を奪ったあと、ラオはなんと、敵兵は戦車から出て銃を構えているにもかかわらず上半身を戦車から乗り出し敵兵に向かって敬礼します。そして、「すまない!全員無事だったか⁉」と言うのです。敵兵のひとりは、「は…はいっ!」と返事してしまいます。
ラオたちが去ったあと、敵兵たちは「撃てなかった」と語り合います。

ここは、ラオの人間の厚みが現れたシーンですね。技術と頭のよさだけでなく、敵にも伝わってしまう人間のオーラがある。
ラオかっこいいな!とぼくが思う最大の理由です。
上記のシーンはすごくラオのキャラクターを表していると思うのですが、映画では割愛されたようで残念でした。

鳥山先生の描きたかったいちばんのもの…戦車!

ここまで語ってきたように、SAND LANDの物語では「戦車」が重要なガジェットになっています。
その戦車がですね…独特の形状でかっこいいんです。

ぼくがイメージする戦車は「四角い」感じ。たぶん絵で戦車を描けと言われたら、誰もがキャタピラとその上に二段くらいの四角を乗せ、最後に砲身をつけたものを描くのではないでしょうか。
対して、鳥山先生の戦車は「丸い」

この丸さは世界観に合っているだけでなく、どことなく愛嬌というか、殺傷兵器としての戦車というイメージから読者を遠ざけてくれているような気がします。
かっこいいのにどこかかわいらしさがある。人やものを攻撃するものなのに安心感がある。こう言語化してみると、ベルゼブブのキャラデザと共通した魅力があるのだなあと気付きます。

画像引用:『SAND LAND』鳥山明

鳥山先生のメカはコミカルでありながらも機能に対して非常に緻密に描かれていることはよく言われますが、本作の戦車においてもそれは健在です。
というか、鳥山先生のメカへのこだわりをもっとも高い濃度で体験させてくれるのがSAND LANDという作品、と言ったほうが適切かもしれません……。

何気ないシーンに、鳥山先生のチャームがある……

最後に指摘しておきたいのが、何気ないシーンの絵としての魅力、です。
これはクロノトリガーなどを例に挙げてよく語られることですが、短期とはいえ週刊連載だった本作で、たったの1コマに一枚絵としての魅力があるのは本当にすごいことです。
気付きにくいですが、下記のベルゼブブたちが語り合うシーンで手前に虫を加えたトカゲが描かれます。
こういった何気ないオブジェクトに、読者は砂漠の生命観を垣間見るんだと思います。

画像引用『SAND LAND』鳥山明
画像引用『SAND LAND』鳥山明

上のシーンなんかは、何気なく描かれたトカゲが数コマ後にはちゃんと動いているというのもいいですよね。
きっとこだわって描かれたのだと思います。

(一言だけ言いたい……ここはもう少しなんとかしてほしかった)

個人的にひとつだけ納得いっていない点があります。
それはラスボスとの闘い。
そこでは表主人公のベルゼブブがきちんと物語の締めに向けて活躍するのですが、用意された敵役は、ここまで積み上げてきた世界観にすこし似合わないようにぼくには感じられました。
そこまでの戦車戦がよすぎたのかもしれません。
でももう少し、ここまでの世界観の延長となる敵キャラにしてもよかったんじゃないかなぁ。
(ラストのバトルは映画でも盛り上げを増す改編がありましたが、敵キャラそのものは変わっていなかった)

14話でこの密度!鳥山明№1短編だと思います

と、愛ゆえの要望を最後に書いてしまったのですが、ほんとに世紀の傑作だとぼくは思います。
なぜもっと話題にならないのか、いつも疑問に思うのです。

  • 映画は見たけど原作は読んでない人
  • まだ映画を見てない人
  • そもそもこの作品を知らなかった人

という方たちに、ぜひ、まずは原作を読んでほしいです…!
映画の出来もかなりよいですが、原作を先に把握して映画での改編を楽しむのがいちばん盛り上がれると思います。

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